
新潟の風景の中で、花の色がとても鮮やかに感じました。

茶色と、緑と、空の青以外に余分な人工的な色があまり無いからですね。

あと、新潟のお土産。
脱皮する家と同じ柄のカボチャ。星峠の棚田のお米。
長くなりましたが、これで「大地の芸術祭」の記録はおしまい。
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大地の芸術祭 vol.17

胞衣 みしゃぐち 作品番号8
今回の旅で見た最後の作品です。
胞衣(えな)は胎盤の意味だそうです。
土を掘り屋根を乗せた通路が丸く、中央の木を囲んでいます。

大昔からあった、遺跡のような。
私には、夢のように楽しかった旅の「出口」のような感じがしました。

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大地の芸術祭 vol.16

うぶすなの家 作品番号7
曲がった柱が露出になった壁、真っ黒な天井。
あちこちに焼き物の作品が置いてあり、
大きなかまどや、洗面台、風呂も焼き物で出来ていました。
越後妻有は、縄文時代の火焔型土器の故郷で、その後3000年、
途絶えてしまった焼き物を復興しようと生まれたのが「妻有焼」だそうです。

坂道から勢いよく、おじいちゃんが耕運機を見事なハンドルさばきで操り、
バックで出てきました。元気だなー!
もうすぐ夕方。十日町もいちばん北まで来ました。
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大地の芸術祭 vol.15

旧東下組小学校 作品番号9 (十日町に戻ってきました。)
校舎の上のほうに、ツバメがたくさん。
学校の中にいくつかの作品が展示されていました。

上は古い鉄の道具をプレスした作品。
中は、学校の中を探すと隠れている人形(小さいです)。
せつなそうな顔をしているこの子のノートには「かえりたい」と、鉛筆の文字。
他にも、音楽室や、不思議な印象の映像など。。。
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大地の芸術祭 vol.14

大地の芸術祭の話、展示会などで中断していましたが…まだ続いているんです。
話は旅の3日目、十日町エリアの続きです。
大地の芸術祭 vol.13

待ち針の作品のあった旧赤倉小学校の手前に、
「あかくらん」という、集落の形をを模ったモニュメントがありました(現地の写真は無し)。
赤倉小学校内に、あかくらんの「入魂式」の様子がパネル展示してありました。
「入魂式」では、赤倉集落の全家庭の「家の魂」(赤や銀の丸い表札)を取り付けたそうです。
表札は家族全員で見て触って、神棚に上げたり、ご先祖様に見てもらったり、
タローとイチローにあなめてもらったり、匂いをつけてもらったということです。
・・・・・
後で地図を見ながら気づいたのですが、赤倉の手前に「ミティラー美術館」というのがあるようです。濃緑の森にある廃校になった小学校を利用し、1982年に設立された私立の美術館。ミティラー画、インドの民俗芸術を収集。…ですって。ああ、また新潟に来たいなあ。

<38>福武ハウス
芸術祭のサポーターであり、今回芸術祭総合プロデューサーの福武總一郎氏の呼びかけのもと、
越後妻有の地にアートマーケットをつくり出そうというプロジェクト。
日本を代表する7 ギャラリーに、中国と韓国のギャラリーも加わり、それぞれ個展形式で、
廃校(旧名ケ山小学校)を舞台に、たくさんの作品が展示してありました。
豆知識ですが、この芸術祭の資金を集めるのに「ふるさと納税制度」を利用したそうです。
福武氏は2010年の「瀬戸内国際芸術祭」もプロデュースするそうです。
瀬戸内の7つの島々を舟でめぐる芸術祭だそうで、そちらも興味深いです。
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大地の芸術祭 vol.12

9月11日は、さらに精力的に作品をめぐりました。
朝食後にミーティングして、昨晩決めたコースをもう一度練り直したので、
今日は道に迷わないぞ!と気合を入れて出発です。
信濃川沿いに中里エリア~十日町エリアへ向け北上。
写真は、中里エリアの作品です。
<31>「再構築」行武治美 丸い鏡を何千枚も貼り付けた家です。
作品もきれいな上に、周りにはススキの穂が満開、空も青くて、
初秋の素晴らしい風景も楽しめました。
信濃川を北上していく途中、川辺近くに、
縄文時代の自然堤防や土器が発掘された場所もありました。

ここからは十日町エリア。
写真左は作品番号<28>「ストーム・ルーム」
嵐の日の家の中を再現。窓に降りつける雨、稲妻が光り雷に振動する床、
すきま風、雨漏りの水が落ちるバケツなど、とてもリアルでした。
右は建物の出口にあった津南牛乳の箱。

<17>「enishi」松澤有子 ☆星峠のお母さんのオススメの作品!
旧赤倉小学校の、体育館一面が待ち針で覆われていました。(写真よりずっと素敵でした。)
作家さんが何ヶ月もかけて、地元の方たちと一緒に制作し、
おばあちゃんたちがコツコツと丁寧に、協力してくださったそうです。
作家さんにもお会いできました。
学校の廊下には、かつての生徒たちの写真が貼ってありました。
先生・両親・上級生の中に、1人だけの一年生の入学式の写真もありました。
赤倉小学校は、明治16年に大池小学校の分校としてはじまってから120年、
平成14年に最後の卒業生を送り出し、閉校となったそうです。
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大地の芸術祭 vol.11

かたくりの宿に向かう道は、右側に中津川・左手に山の真っ暗な道で、
こんなところに民家があるのかな…というくらい、
だんだん道が細くなり、心細くなってきましたが無事到着。
(夜は写真を撮りませんでした。
)
かたくりの宿では、旅の定番、温泉&美味しい夕食&酒盛りを楽しみました。
津南は「津南ポーク(妻有ポーク)」という豚がいるそうです。
どんな姿の豚さんであろうか。。。大変美味しくいただきました(合掌)。
かたくりの宿は、もとは100以上続いた小学校で、
教室を宿泊できる部屋に改築してあります。
後で調べてて知りましたが、女湯は校長室だったそうです。

9月11日、旅の最終日。写真は、朝の様子です。
体育館や校庭、プールも作品になっていました。
宿から少し下ったところに中津川渓谷があり、吊り橋があります。
吊り橋は「見倉橋」といって、以前は小学生が通学にも使ったそうです。
また、映画「ゆれる」(オダギリ ジョー主演)のロケ地にもなったとのこと。
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大地の芸術祭 vol.10

昔の「とうみ(脱穀機)」がありました。この建物の上は、写真館になっていました。
<233>「上鰕池名画館」大成哲雄・竹内美紀子
世界の名画に登場する場面を真似して実写にした写真館で、
ムンクの「叫び」を真似て橋の上で撮った写真、
ミレーの「落穂拾い」を真似て撮った写真は「ぜんまり採りの風景」だったり。など、
結構楽しかったです。
写真が小さくて申し訳ありませんが…。
地元の方たちがモデルになって写真に映っているので、
ブログに出すのはサイズを控えめにしました。
9/10はまだまだ他にもたくさんの作品を見ましたよ。

津南エリアに入り「マウンテンパーク」で、屋外の作品をいくつか見学。
日も暮れてきて、この日の宿・津南町をさらに南下して「かたくりの宿」へ向かいます。
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大地の芸術祭 vol.9

茅葺は今どきメンテナンスが難しいようです。
作品として使われていない空き家もあちこちにありました。

<256>「オーストラリアハウス」 にて。
オーストラリアは2000年から越後妻有に深く関わり、
日豪の恒常的な交流拠点としてオーストラリアハウスが誕生したそうです。

この家は茅葺だった屋根の形のまま、瓦に葺き替えているのでしょうか。
何だか珍しい気がしました。
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大地の芸術祭 vol.8

松代エリアで、前日時間が無くて見逃した、
<204>「OUR HOME-私たちの家」内田あぐりさんの作品や、

左上:<206>「みどりの部屋プロジェクト」酒百宏一 葉っぱのフロッタージュの作品。
右上:農舞台山頂にある<184>「松代城」豊福亮 あらゆるものが金色・金色。
その後松之山エリアへさらに南下。
下:昼食は、<239>「黎(れい)の家」でパニーニをいただきました。

<252>「黒倉たまさか庵 ゆく玉くる玉」中里繒魯洲
レバーを回してガラス玉を天井まで持ち上げると、
家の中~外にめぐるレールの上をゆっくりと転がっていき、
数分かけて元の場所に戻ってきます。楽しかったのでお気に入り。
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大地の芸術祭 vol.7

お米の育つ風景を見るとさらにお米が美味しい!と朝食をかみしめ、
それから後片付けをしました。
お世話をしてくださったお母さんに、
静岡で棚田のお手伝いを(ほんの少し)しているんですと話したら、
喜んでくださいました。
2009年10月16日・17日に、十日町で「第15回 全国棚田(千枚田)サミット」があるのです。
残念ながら、別の予定があって行けませんが(;_;)。
ボランティアで宿泊客の世話をするのも、「私は楽しんでやってるから」とおっしゃっていましたが、
大変だと思います。
古民家の宿・棚田・温泉・お母さん。本当にお世話になりました。
また、普通の時にゆっくり来れたらいいなぁ。
田んぼを見ながら、おにぎりが食べたいです。

宿泊した場所のすぐ近くにある、
<214>コロッケハウス は、外壁も中も全て、アルミなどの金属をふきつけた銀色の建物でした。
日大のOBの方がガイドしてくださって、コロッケハウスの制作の様子や、
脱皮する家の昔の写真などを見せていただきました。
外に立ててあった木の看板は、木槌(右下写真)だったようです。
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大地の芸術祭 vol.6

9月10日
棚田の風景。今回一番見たかった景色。
・・・・・・・・・・
普段は、朝うつぶせに(たぶん夜中に何回転もして)なっている私ですが、
この日の朝は、寝始めた時とおなじ仰向けで目覚めました。
それほど、温泉効果と、この落ち着く空間で熟睡できたようです。
起きたときはかなり雨が降っていましたが、
小雨になったところで、うまく止んでくれることに期待して、棚田に出発しました。
棚田に着いたときは、ほとんど雨は止んでいて、
もしかして、ドラマチックな展開が待っている!?
と高まる期待の中、

霧の中の棚田。 だんだん明るくなって、
青空ものぞいてきました。 霧が光りながら上っていきます。


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大地の芸術祭 vol.5
宿泊は、星峠へ。
「脱皮する家」という、民家を丸ごと彫刻の作品にしたところです。
到着すると、ボランティアでお世話をしてくれる地元のお母さんが迎えてくださいました。
夕食の前に、「近くに温泉があるから案内しましょうか?私の車でよければ。」
とおっしゃっていただいたので、お言葉に甘えて温泉へ!
お母さんの軽ワゴンに乗せてもらい、近くの…いや、結構遠いではないですか…
温泉へ。自分たちで行きますって言わなくてよかった。

真っ暗な山道。お母さんはベテランなハンドルさばきでカーブをきり、
さらに、星峠についてのガイドをしながら、坂道をパワフルに加速していきます。
星峠は、昔、弘法大使さんが通った道なので「法師峠」と言われていたのですが、
「星峠」になったそうです。
あと、お母さんはこの芸術祭の作品を「全部回ろう」と、友人とあちこち回ってほとんど制覇しているそうです。
(このイベントは760㎡の地域に、370点の作品があります。)
好きな作品・おすすめの作品などもお話してくださいました。
温泉に到着すると、当たり前のようにお母さんも入浴料を払い、一緒に中へ。
私たちが入っている間どうするんだろう、とちょっと思っていたので、びっくり&うれしい。
ツルッとしたお湯で、熱すぎずゆっくり浸かれました。
そして帰り道の車の中、突然お母さんが車を止めながら「はいっ、ライト消しますよ~」。
真っ暗な空に満点の星、「わあっ」と歓声があがりました。
来た人みんなにそうやって驚かせてるんだろうね、
と後で私たちは思い出して笑ったのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・
いい感じにお腹も空いて、お楽しみの食事です。

アユ・ぜんまい、夕顔、おふの料理など、山の料理をいただきました。
やはりお米が超美味です。

この民家は、鞍掛純一さん・日本大学芸術学部彫刻コース有志による作品、
「脱皮する家」 作品番号<215>。
床・柱・壁・梁・天井全部、彫刻刀で彫ってあります。
思っていたより、彫られた床や柱のかんじが柔らかく、落ち着く空間でした。
土間を挟んで雨戸のような戸を開けると、現代的なキッチンやバスルーム、洗濯機があったのも驚きでした。普通の時でも宿泊して、自炊もできるらしいです。是非また泊まりに来たいです。
それでは、そろそろ一日目も終了。
明日の朝は棚田を見にいくぞ~~!!
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大地の芸術祭 vol.4

<194>「内なる旅」アンティエ・グメルス
作家のアンティエ・グメルスさんに会うこともできました。
森の中に無数の目と、赤や白の石や木、鏡の井戸の上には、夕日があたってキラキラしたたくさんの鏡と糸の中に、天に続くはしごが掛かっていました。

下の駐車場からここへ登ってくるときに、坂道を、腰の曲がったおばあちゃんが押し車を押して歩いていました。
「この上にあるのを皆で作ったんだけどね、もうすぐ終わりだから、見に行くんだよ。」(←もうちょっと新潟っぽい言い方だったと思います。)
とおっしゃり、よいしょよいしょと登っていきます。
とてもゆっくりなので先に行かせてもらい、作品を見て写真を撮ったりしていると、
なんとおばあちゃん、押し車から杖に切り替え、よっこらよっこら。遊歩道の階段を上まで到着です。
すごいねー。と驚いていると、
「そのへんがうちの土地なんだよ」と、ちょっと誇らしげに森の右手あたりを指して教えてくれました。
一番の右の写真の、一番右がそのおばあちゃん。
地元の方も、イベントを楽しんでいるみたいでよかったなあ。
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